五代目澤村宗十郎(三代目助高屋高助)
享和2年(1802)〜嘉永6年(1853)
幼い内に四代目澤村宗十郎に弟子入りし、源平という名前を貰いかわいがられるが、師匠の宗十郎はわずか29歳という若さで他界。その後は当時の人気役者に面倒を見て貰いながら、出世していく。京阪のまろやかな和事術も吸収し、座頭の地位まで上り詰める。嘉永6年名古屋巡業中にて死去。八代目団十郎をいじめるなど、その性格は田之助に受け継がれた様子。ちなみに芸風は田之助の兄訥升へ。



五代目尾上菊五郎
弘化1年(1844)6月〜明治36年(1903)2月18日没 享年60歳。
言わずと知れた明治劇界の名人。田之助とは幼なじみ。十三代目市村羽左衛門となり、12歳で市村座の座主となるも、その年に父が他界。19歳で弁天小僧を初演し、好評を得る。世話物を得意とし、自ら「新古演劇十種」を制定するなど、近代歌舞伎界に名を残している。性格は生粋の江戸っ子で、非常に細かかったそう。明治36年2月18日60歳で脳溢血により死去。最後の舞台は弁天小僧だった。



二代目澤村訥升
天保9年(1838)生〜明治19年(1886)2月2日没
のちの四代目助高屋高助。田之助の兄。澤村家の芸風である江戸和事を得意とした。弟が亡くなったあとは、五代目菊五郎、九代目団十郎とならんで座頭になるなど、明治初期まで活躍していた。



五代目岩井半四郎
安永5年(1776)〜弘化4年(1847)享年72歳。
江戸末期の女形としては最高位に値するほどの名優。通称大太夫。目千両と言われるほど、美しく目に愛嬌があった。姫の役はあまり好まず、娘の他に意気地をはる遊女や年増役、盗賊や詐欺師やら癖のある役を得意とした。女形であるのに、きっぷがよく大胆な性格だった。



四代目市川小団次
文化9年(1812)〜慶応2年(1866)5月8日 享年55歳。
市村座火縄売高島屋栄蔵の子で、役者に憬れ、文政3年に七代目団十郎の門弟となる。ケレン味のある役柄で江戸での人気を確立する。小柄で、風采が上がらず、口跡も良くなく、名門の生れでもなかったが、怪談物や宙乗り、変化物などにすぐれ、義太夫狂言も得意とした。その演技は五代目尾上菊五郎に多大な影響を与えたらしい。
死因は奉行所に呼び出されたのがきっかけ。つまり憤死。



初代坂東しうか
文化10年(1813)〜安政2年(1855)享年43歳。
しばらく大坂で修行した後、二十歳で江戸へ戻り、活躍しはじめる。八代目団十郎の相手役としても、有名だが「女暫」や「女鳴神」など役柄を女に改作したもので好評を得る。性格も伝法できっぷがよかった。



八代目岩井半四郎
文化12年(1829)〜明治15年(1882) 享年54歳。
幕末から明治初期の若女形の名優。美しく、おとなしい性格で、実生活も女性と変わらなかった。九代目団十郎の相手役としても活躍。



五代目坂東彦三郎
天保3年(1832)〜明治10年(1877)10月13日 享年45歳。
幕末の名人。四代目市川小団次が没したのち、中村芝翫とともに、江戸劇壇の人気を二分した。上方での出勤も比較的多く、大阪で没した。
男ぶりがよく上品で、口跡もよく、仕草の上でも圧倒的な巧者であった。世話物よりも時代物が得意で、その本領たる実悪(仁木弾正や武智光秀)はもちろんのこと、武道事や色事、さらには女方もこなした。義太夫狂言も得意としたので、五代目菊五郎はその影響も受けたようである。



四代目中村芝翫
天保元年(1830)〜明治32(1899)1月16日 享年70歳。
養父没後四代目を襲名する。小柄だがスケールが大きく、踊りも巧かった。五代目彦三郎とともに人気を競い、文久元年には座頭となる。明治に入ってからはあまり人気はなかったが、五代目中村歌右衛門の養父としても有名。熱狂的ファンに恵まれ、本人も天性の愛嬌がある人で、皆に愛された男だった。



四代目鶴屋南北
幕末から一時代前の名作者。「四谷怪談」をはじめ現代でも通じる世相や人間の描き方などは、近代認められはじめ現代にいたる。



六代目尾上菊五郎
明治18年(1885)8月26日〜昭和24(1949)7月10日 享年65歳。
五代目尾上菊五郎の実子。幼い頃九代目団十郎に預けられ、腹芸を学ぶとともに父の世話物も吸収しさらに発展させた。時代物、世話物に適し、踊りも巧者で近代歌舞伎界に多大な影響を与えた。



九代目市川団十郎
天保9年(1838)〜明治36(1903)9月13日没 享年66歳
七代目団十郎の五男。養子に出され、厳しくしつけられるが、若い頃はあまりぱっとしなかった。明治に入り、演劇改良運動に意欲をもやし、リアリティの追求として「活歴」というものを追求した。江戸っ子には受け入れられなかったようだが、近代歌舞伎の源流として貴重である。



河竹黙阿弥
文化13年(1816)〜明治26年(1893) 享年77歳
幕末、明治中期を代表する名作者。四代目小団次と組んで、生世話物を中心に人気を博す。洗練された様式美とセリフ術が特徴。白波物という泥棒が主人公の作品も多い。



ヘボン(ジェームス・カーチス・ヘップバーン)
文化11年(1815)〜明治44年(1911) 享年96歳
日本が開国したと聞いて、ニューヨークからやってきた名医。数々の治療によって、慕われた。宣教活動をはじめ和英辞典の編纂や聖書の翻訳にも情熱をそそいだ。



中村宗十郎
天保10年(1839)〜明治22年(1889)10月8日 享年55歳
幕末明治中期、上方の名優。17歳より俳優を志し、大坂中座の座頭まで上り詰める。明治10年田之助と共演した際、対立し一時役者をやめ呉服屋を営むが、出演懇願をうけて復帰。
合理精神を理論的に推し進め、新風潮を吹き込み、近代上方歌舞伎に影響を残す。